科学はやはり不思議を殺すものではなく、不思議を生み出すものである。
寺田寅彦
技術の進歩は、人々の生活を便利にしますが、必ずしも豊かにするとは限りません。言い尽くされたことですが、「便利」=「満足」とはいかないためですが、今回は、はこのあたりについてちょっと考えて見ます。
きっかけは、「便利になるとストレスが上昇する」という不思議なジレンマ (Life is beautiful)という記事です。携帯電話などの普及で、いつでもどこでも連絡がとれる環境が整ってきたものの、かえって連絡がとれないという不満を感じる機会が増えているという話です。電車や、パソコンの起動時間などの対する待ち時間に対する感覚も同じような話で、以前よりはよくなっているはずが、使う人の感覚のほうがより「せっかち」になり、かえってストレスが増大しているというデータがあるようです。おそらく大半の人が思い当たるふしがあるのではないでしょうか。私の場合、実家の田舎に住んでいたころは、バスが2時間毎とかなので、30分待ちなんて「おぅ、ぴったり」くらいにしか思っていませんでしたが、それが今や10分待ちでも、「ちぇっ」と思うようになっています。(^^;)
さて、ストレスというのは、「何ができるか」とはあまり関係なく、「何ができないか」によって感じるものだと思います。ですので、この問題は、表現を変えると次のように言えると思います。
- できることが増えると、できないことが増える
- できないことが増えると、ストレスが増える
- 「できること」が増えると、「できそうなこと」が増える
- 「できそうなこと」 - 「できること」が、新たな「できないこと」として増える。
- 「できそうなこと」はどんどん増える。
- 「できることは」その内当たり前になって、「当たり前のこと」になる。
- その結果、以前より「できないこと」が増える
では、このような状況にならないように、もっていくことはできないものでしょうか。サービスや製品を設計する上で、考えておいた方がいいことはないのでしょうか。少し考えて見ます。
ひとつには、実際「できないこと」が「できそうなこと」に含まれていることです。メールの例で言えば、「いつでもメール送受信できるんだから、すぐに返信がくるはず」といった期待が「できそうなこと」ですが、実際そんなことはありません。つまり、できるはずのないものが「できそうなこと」として認識されてしまっています。では、どうすれば良いのでしょうか?例えばですが、メールを読んだかどうか確認できるもっとスマートな方法があれば、まだ相手が読んでいないのかどうか確認できるので、少しは不満もやわらぐのかもしれません (あくまで例です。そんな簡単な話でないのは分かっていますが・・)。ということで、まずは、必要以上の期待を抱かせないというのがまずひとつのポイントでしょう。もうひとつは、「できそうなこと」が「できるはず」になっているということ。そのため、「できそうなこと」-「できること」が「できないこと」になってるんじゃないかと思います。ですので、「できそうなこと」を「できたらいいな」というかたちに置き換えられれば、「やりたいことができない使えないもの」ではなく「夢を与えてくれるもの」という位置付けになるんじゃないかと。。うまく表現できませんが、妙な期待を抱かせてはいけないとはいえ、将来の可能性は感じさせたいという感じです。(うーーん、表現がおかしい。。。)
無理やりまとめると、
- 実際にできるというような間違った期待を抱かせない
- ・それでいて、将来に対する夢はあたえてくれる
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